📂 健康・からだ
よく噛むと満足するのは、腸のホルモンのおかげ
食事のあとで「もう十分」と感じるとき、その合図はどこから来ているのでしょう。胃がふくらんだ感じ、と答える人が多いと思います。ところが体の中では、小腸から出る小さなホルモンが、脳に向かって静かに知らせを送っているらしいのです。名前をGLP-1といいます。
腸は、消化するだけの管ではない
腸というと、食べたものを溶かして吸収する通り道というイメージが強いはずです。実際にはその壁に、ホルモンを出す細胞が点々と散らばっています。小腸にある内分泌L細胞もそのひとつで、ここからGLP-1が分泌されます。食べたものが胃を通って小腸まで届き、栄養素が細胞に触れると、それが引き金になる。腸が「いま食事が入ってきましたよ」と全身に報告しているようなものです。
血糖が高いときだけ働く
GLP-1が向かう先のひとつが膵臓です。インスリンを出すβ細胞に働きかけて、その分泌を後押しすると報告されています。おもしろいのは、この後押しが血糖値の高いときにだけ強く効くという点。空腹で血糖が低いときには、むやみには効きません。アクセルを踏みっぱなしにするのではなく、必要な場面でだけ手を貸す。腸から出たホルモンが食後のインスリン分泌を助けるこの働きは、インクレチン作用と呼ばれています。
もうひとつ意外なのは、GLP-1がとても短命だということ。DPP-4という分解酵素によって速やかに壊されると説明されています。ずっと居座って命令を出し続けるタイプではなく、食事のたびに現れては消えていく、その場かぎりの伝令に近い。だからこそ、食べ方そのものが効いてくるとも言えます。
「もう満腹」は腸から脳へ届く
GLP-1の役割はそれだけではありません。胃から食べ物が先へ送り出される速度をゆるめる働きや、脳に働きかけて食欲を抑える働きが報告されています。伝わり方も一本道ではないようで、血液に乗って運ばれるルートに加えて、腸のそばを走る神経を通って脳へ伝わる経路があることも研究で示されています。満腹感は胃の張り具合だけで決まるのではなく、腸からの知らせも合わさって生まれている、というわけです。
ゆっくり食べると満足しやすい理由
ここまで読むと、あの体感に理屈があるとわかります。昼休みに立ち食いそばを五分でかき込んだ日を思い出してみてください。丼は空なのに、席を立つころにはまだ何か食べたい気がする。ところが同じ量を人と話しながら二十分かけて食べた日は、不思議と後を引かない。急いで食べた日ほど、量は食べたのにどこかもの足りないのです。前橋市が作成した健康情報の資料では、満腹を感じ始めるのは食事を始めてから15〜20分以降とされ、一回の食事に15〜20分以上かけることがすすめられています。合図が届くまでに時間差がある以上、その前に食べ終えてしまえば、体はまだ足りないと言い続けることになります。
同じ資料では、早食いが肥満や糖尿病につながりやすいことにも触れられています。だからといって、できることが難しいわけではありません。
- ひと口の量を少なくする
- 噛む回数を今より数回だけ増やす
- 根菜やきのこ、海藻のような噛みごたえのある食材を混ぜてみる
これで必ず体重が落ちる、という話ではありません。食事のペースが自然にゆるむ、その程度のことです。それでも、体の仕組みに沿ったやり方ではあります。
薬の話は、ひとまず脇に置く
GLP-1と聞いて注射やダイエットを思い浮かべた方もいるでしょう。GLP-1受容体作動薬は2型糖尿病の治療薬として使われ、一部は肥満症の薬としても国内で承認されています。ただし日本糖尿病学会は、美容・痩身・ダイエットを目的とした適応外使用を宣伝する医療広告が見られることに触れ、誤解を招きかねない広告表示を戒め、国内の承認状況を踏まえた適正な処方を行うよう医師に求める見解を公表しています。需要の増加で製剤の供給が滞り、本当に必要な患者さんに届かなくなる懸念も指摘されました。
自分の体の中で自然に働くGLP-1と、薬として外から入れるものは、同じ名前でも扱いがまるで違います。体重や血糖、食欲のことで気になる症状があるときは、自己判断で手を出さず、医療機関で相談してください。今日のところは、いつもより少しゆっくり噛んでみる。それで十分だと思います。
参考・出典
- GLP-1受容体作動薬の最前線(稲垣暢也)|日本内科学会雑誌 112巻9号
- 食後ホルモンインスリン・GLP-1の求心性迷走神経を介した摂食・糖代謝調節|自律神経 58巻1号
- GLP-1受容体作動薬およびGIP/GLP-1受容体作動薬の適応外使用に関する日本糖尿病学会の見解|一般社団法人 日本糖尿病学会
- これホント?食のギモンにお答えします 第11回 ゆっくり食べる|前橋市
この記事は、公開されている研究・公的情報をもとに、縁ノート編集部(理学療法士 監修)が作成しています。効果を保証するものではなく、体調の感じ方には個人差があります。気になる症状がある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。


