📂 健康・からだ
のどの蝶が握る、代謝のアクセル
同じ部屋、同じ室温にいるのに、ひとりは汗をぬぐい、ひとりは上着を手放せない。体質のひとことで片づけられがちなこの差に、のどぼとけの下にひそむ小さな臓器が関わっていることがあります。甲状腺です。
重さ15グラムの、体のアクセル
甲状腺は首の真ん中、のど仏のすぐ下にあります。重さは15から20グラムほど、大きさは4、5センチ。蝶が羽を広げたような形をしていると説明されます。手で触ってもふつうは分からないくらいの小ささですが、ここから出るホルモンは血流に乗って心臓にも肝臓にも腎臓にも脳にも届き、体の新陳代謝を調節しているとされています。脈の速さ、体温、自律神経の働き。エネルギーをどう燃やすかという、体のいちばん土台の部分に関わっています。
車でいえば、エンジンの性能ではなくアクセルの踏み込み量を決めている役です。同じ体でも、踏み方ひとつで燃え方が変わる。
その踏み込み量は甲状腺の一存では決まりません。脳の下垂体から出る甲状腺刺激ホルモン、TSHが調節役をしています。甲状腺ホルモンが足りなくなればTSHが増えて甲状腺をせっつく。この上司と部下のようなやりとりが、あとで出てくる血液検査で効いてきます。
強すぎると汗をかき、弱すぎると冷える
面白いのは、アクセルが強すぎるときと弱すぎるときで、体の変化がきれいに裏返ることです。
働きが過剰になった状態では代謝が活発になり、暑がりになって汗が増えるとされています。エネルギーが無駄に消費されるため、食事の量は増えているのに痩せてくることがある。神経にも作用して、手のふるえ、いらいら、下痢といった形で出ることも報告されています。
反対に働きが低下した状態では、無気力、疲労感、むくみ、寒がり、体重増加、動作が遅くなる、便秘といった変化が挙げられています。脈がゆっくりになる、皮膚が乾く、髪が抜ける、といった記載もあります。同じひとつのホルモンが、正反対の景色をつくる。髪や肌の調子にまで話がつながるのは、代謝という言葉が体のすみずみを指しているからです。
女性に多いという傾向も知られています。バセドウ病は男性の約5倍、橋本病は男性の2倍以上にみられる、と紹介されています。
決め手は感覚ではなく、採血
ここまで読んで、自分に当てはまる気がしてきた方もいるかもしれません。ただ、疲れやすい、冷える、むくむという感覚は、睡眠不足でも、貧血でも、季節の変わり目でも、単に忙しくても起こります。症状の並びだけで自分を診断するのは、たいてい外れます。
甲状腺の状態は、感覚ではなく血液検査で調べます。甲状腺ホルモンの値と、それを調節しているTSHの値を測り、必要に応じて甲状腺に対する抗体も調べる、と説明されています。働きが低下している場合は不足分をホルモン薬で補う方法が一般的とされていますが、量は少しずつ様子を見ながら決めていくもので、自己判断で足したり止めたりするものではありません。
海藻をたくさん食べれば整う、ではない
甲状腺ホルモンの材料はヨウ素です。だから海藻を増やせばいい、とはなりません。むしろ甲状腺機能低下症の原因のひとつとして、ヨウ素の過剰摂取が挙げられています。橋本病の説明でも、昆布やひじきのようにヨウ素を大量に含む海藻類を過剰にとることは避けるように、と書かれています。
では日本人は足りているのか。学会の全国調査では、尿中ヨウ素の中央値がWHOのいう適量範囲に収まっていた一方、一部の地域は過剰域にあり、近年は食生活の変化で摂取量が減っているという指摘もある、と報告されています。足りている、足りていない、と一括りには言いにくいのが正直なところです。サプリで整えにいくより、どちらにも極端に偏らないほうが現実的だと思います。
気になるなら、そこで止めずに
だるさが何か月も続く。冬でもないのに手足が冷える。むくみが引かない。動悸が続く。首の前が腫れてきた気がする。そういう変化が気になるなら、ネットの症状表と自分を照らし合わせ続けるより、医療機関で一度採血を受けるほうがずっと早いです。違えば安心が手に入るし、そうだったとしても手当ての道筋がある。どちらに転んでも、ひとりで抱えているよりいい。
のどの奥の小さな蝶は、ふだんは黙って羽ばたいています。気にしすぎる必要はありません。ただ、気づいてあげられる場所にあるということは、覚えておいて損はないはずです。
参考・出典
- 甲状腺の病気について|内分泌・代謝内科|独立行政法人国立病院機構 京都医療センター
- 甲状腺機能低下症|一般の皆様へ|日本内分泌学会
- 甲状腺中毒症|一般の皆様へ|日本内分泌学会
- 全国調査による日本人のヨウ素摂取量の現状と甲状腺機能|日本甲状腺学会
この記事は、公開されている研究・公的情報をもとに、縁ノート編集部(理学療法士 監修)が作成しています。効果を保証するものではなく、体調の感じ方には個人差があります。気になる症状がある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。


