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5億年前の宝石と古代の恋物語。不思議な街「糸魚川」を旅してみよう
新潟県のいちばん西。日本海に面した「糸魚川(いといがわ)」という街をご存じでしょうか。
名前は聞いたことがある。でも、「糸魚川って、何があるの?」と聞かれると、意外と答えられない。そんな人も多いかもしれません。
実はこの街、知れば知るほど不思議です。
日本列島誕生の歴史を感じられる「フォッサマグナ」。約5億2000万年前に生まれたヒスイ。古事記に登場する美しい姫と、大国主命の恋物語。そして今でも、海岸で「宝石探し」ができる。
地質学と考古学と神話が、ひとつの物語のようにつながっている街。それが、糸魚川です。
日本列島を「またげる」場所がある
まず、糸魚川を語るなら外せないのが、「フォッサマグナ」。学校の授業で聞いた覚えがある人もいるでしょう。
フォッサマグナはラテン語で「大きな溝」という意味。ドイツ人地質学者のナウマンによって名付けられました。
ただ、ここで一つ大きな勘違いがあります。
「フォッサマグナ=糸魚川-静岡構造線」ではありません。
- フォッサマグナは、日本列島形成の過程でできた地質学的な大きな溝
- 糸魚川-静岡構造線は、その西側の境界となる断層
そして糸魚川には、その境界を実際に観察できる場所があります。「フォッサマグナパーク」です。
ここでは断層をはさんで、
- 西側には約2億7000万年前の岩石
- 東側には約1600万年前の岩石
まったく違う時代の岩石が隣り合っています。人間の一生が80年だとすれば、とんでもない時間差です。
普段なら地面の下に隠れている「日本列島の歴史」が、目の前に現れている。そう考えると、ただの崖が急にロマンの塊に見えてきます。
そして糸魚川には「5億年前の宝石」がある
糸魚川でもう一つ有名なのが、ヒスイ。緑色の美しい宝石です。
でも糸魚川のヒスイがすごいのは、きれいだからだけではありません。
糸魚川のヒスイは、なんと約5億2000万年前に形成されたと考えられています。恐竜が登場するより、はるか昔。人類どころか、哺乳類すらまだいない時代です。
そんな途方もなく古い石が、現在の糸魚川に残っています。
しかも、そのヒスイを縄文人が使っていた
話はさらに面白くなります。
糸魚川では、およそ5500年前の縄文時代からヒスイを加工し、大珠や勾玉などの装飾品として利用していました。そして糸魚川産のヒスイは、交易によって日本各地へ運ばれていきます。
つまり5500年前の人たちも、「この緑の石、めちゃくちゃきれいじゃない?」と思っていたわけです。
スマートフォンもない。車もない。鉄道もない。そんな時代に、糸魚川で加工された宝石が人から人へと渡り、日本各地へ広がっていった。
そう考えると、一つの石から古代の人々の交流まで見えてきます。
糸魚川は「世界最古のヒスイ文化発祥の地」といわれています。
そして登場する、謎のお姫様
ここから突然、地質学の話が「神話」につながります。
その人物が、奴奈川姫(ぬなかわひめ)。『古事記』などに登場する、高志国に関係する女性です。
古代の糸魚川周辺には「奴奈川」という地域があり、奴奈川姫はこの地を象徴する存在として語り継がれてきました。
そして彼女の物語には、日本神話の超有名人が登場します。大国主命(おおくにぬしのみこと)です。
出雲から糸魚川までやってきた大国主命
『古事記』には、大国主命の別名である八千矛神(やちほこのかみ)が、奴奈川姫に求婚する物語が記されています。
舞台は遠く離れた出雲と越の国。現代なら新幹線や飛行機があります。でも、これは神話の時代の話。それほど遠く離れた土地同士を結ぶ物語が、古事記に残っているのです。
なぜ出雲の神と、糸魚川周辺の姫の物語が生まれたのでしょう。
ここで頭に浮かぶのが、「ヒスイ」です。
古代の糸魚川はヒスイ文化の中心地でした。そのため、奴奈川姫の物語とヒスイ交易の関係を想像したくなります。
ただし、ここは注意が必要です。
古事記そのものに、「大国主命はヒスイが欲しくて奴奈川姫に会いに来た」と書かれているわけではありません。また、奴奈川姫自身がヒスイを所有していたという記述があるわけでもありません。史実と伝説は分けて考える必要があります。
それでも、
- 古代からヒスイが流通していた土地
- 遠く出雲からやってくる神の物語
- そこに残る奴奈川姫伝説
いくつもの点が同じ土地に存在しているからこそ、「古代にはどんな交流があったんだろう?」と想像したくなります。
歴史の面白さは、こういうところにあるのかもしれません。
そして約1300年後、奴奈川姫が再びヒスイにつながる
さらに不思議なエピソードがあります。
日本では長い間、古代に使われていたヒスイの産地が分からなくなっていました。
ところが1938年。糸魚川出身の文学者、相馬御風が、
「昔、この地域を治めていた奴奈川姫がヒスイの勾玉を身につけていたという伝説がある。それなら、この土地にヒスイがあるのではないか」
と考えたことが、糸魚川のヒスイ再発見につながっていきます。
話を聞いた人々が実際に探し始め、小滝川周辺で緑色の石が発見されました。その後の分析によって、その石が本当にヒスイであることが科学的に確認されます。
古代の姫の伝説。近代の文学者。地元の人々。そして科学。
何百年、何千年と離れた物語が、「一つの緑色の石」によってつながったのです。
そのヒスイを、今度は自分で探せる
ここまで聞いたら、博物館でヒスイを見るだけでも十分面白い。でも糸魚川には、さらにワクワクする楽しみ方があります。
海岸で石を探すこと。
糸魚川の海岸には、さまざまな種類の石が打ち上げられます。その中に、ヒスイが紛れている可能性もあります。
波の音を聞きながら、
- 白い石
- 黒い石
- 模様のある石
- 透き通った石
一つずつ拾って、「これ……ヒスイじゃない?」と眺める。
大人がやっても、かなり楽しい。むしろ大人の方が夢中になるかもしれません。
もし拾った石が本当にヒスイなら、あなたが手にしているのは、約5億年前に地球の地下深くで生まれた石です。そう考えた瞬間、ただの石拾いではなくなります。
最初に「フォッサマグナミュージアム」へ行くと面白さが倍増する
初めて糸魚川を訪れるなら、最初に立ち寄りたいのが「フォッサマグナミュージアム」。
ヒスイだけではなく、
- フォッサマグナ
- 日本列島の形成
- 岩石・鉱物
- 地震
- 火山
- 地すべり
など、糸魚川の大地について学べます。
先にここで予習してから外へ出ると、
「きれいな海」だった景色が、「地球の歴史が作った海岸」に変わります。
「普通の石」だったものが、「これはどこから来た石だろう?」に変わります。
旅先の景色そのものは同じなのに、知識が少し加わるだけで見える世界が変わる。ジオパーク観光の面白さは、そこにあります。
海岸、断層、神話。1日で何億年を旅する
糸魚川観光の面白さは、派手なテーマパークがあることではありません。むしろ逆です。
石を見る。海を見る。山を見る。古い神話を読む。
一見するとバラバラです。でも、その一つ一つをつなげていくと、
- 日本列島が生まれる
- 大地の奥深くでヒスイが生まれる
- 縄文人がその石を見つける
- 人から人へとヒスイが運ばれる
- 奴奈川姫の物語が生まれる
- やがてヒスイの産地は忘れられる
- そして伝説をきっかけに、再びヒスイが発見される
そんな途方もない時間の物語が見えてきます。
糸魚川は「知ってから行くと、何倍も面白い街」
海を眺めるだけでもいい。ヒスイを探すだけでもいい。フォッサマグナを見に行くだけでもいい。
でも、もし糸魚川を訪れるなら、奴奈川姫のことを少しだけ覚えておいてください。そして海岸で石を一つ拾ってみてください。
その石がどこから来たのか。何年前に生まれたのか。縄文人も同じような石を手に取ったのか。
そんなことを考えながら日本海を眺めると、目の前の景色が少し違って見えるかもしれません。
日本列島の境界に立ち、5億年前の宝石を探し、古事記の恋物語に思いを馳せる。
糸魚川は、「観光する街」というより、「地球と人間の物語を探しに行く街」なのかもしれません。
【参考・出典】
- 糸魚川ユネスコ世界ジオパーク「悠久の歴史と文化」
- 糸魚川ユネスコ世界ジオパーク「日本の国石 ヒスイ」
- 糸魚川ユネスコ世界ジオパーク「糸魚川駅前ヒスイロードコース」
- 糸魚川市観光協会「フォッサマグナパーク」
- フォッサマグナミュージアム「ヒスイって何だろう」
- 糸魚川市観光協会「フォッサマグナミュージアム」


