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シロクマを考えないでください
いきなりですが、一つだけ実験をしてみましょう。
今から10秒間、「シロクマ」のことを絶対に考えないでください。
白い毛。大きな身体。雪の上を歩いている姿。もちろん、これらも想像してはいけません。
では、10秒間どうぞ。
10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……
さて。どうだったでしょうか。
「シロクマを考えないようにしよう」と思えば思うほど、なぜかシロクマが頭に浮かんできませんでしたか?
実はこれ、ただの言葉遊びではありません。人間の思考には、「考えないようにするほど、逆に頭から離れなくなることがある」という、なんとも不思議な性質があります。
そしてこの現象。知っていると、仕事、スポーツ、人間関係、子育てなど、意外なほど日常生活のヒントになります。
「シロクマのことを考えるな」
この現象を有名にしたのが、心理学者Daniel M. Wegnerらが1987年に発表した研究です。
研究タイトルは、「Paradoxical Effects of Thought Suppression」。日本語にすると、「思考を抑えようとすることの逆説的な効果」といった意味です。
実験では参加者に、自分の頭に浮かんだことを口に出して話してもらいました。そして、「シロクマについて考えないようにしてください」と指示します。
ところが参加者の頭には、何度もシロクマが現れました。
さらに興味深かったのは、その後です。一度シロクマについて考えないよう抑制した人たちは、その後「シロクマについて考えてください」と言われると、最初から考えるよう指示された人たちよりもシロクマについて多く言及しました。
つまり、
- 考えないようにする
- 一時的に抑えようとする
- その後、かえって浮かびやすくなる
という現象が確認されたのです。これは後に「リバウンド効果」と呼ばれるようになりました。
なぜ「考えない」が難しいの?
ここからが面白いところです。
例えば、「リンゴを考えてください」と言われた場合は簡単です。赤いリンゴを思い浮かべればいい。
では、「リンゴを考えないでください」と言われたらどうでしょう。
自分がリンゴについて考えていないか確認するためには、「今、リンゴのことを考えていないかな?」とチェックしなければなりません。でも、そのチェックをするためには、「リンゴ」を頭のどこかに置いておく必要があります。
なんとも矛盾しています。
「シロクマを考えないぞ」→「ちゃんと考えていないかな?」→頭の中でシロクマを探す→「あっ、シロクマを考えた!」→「考えちゃダメだ!」→またシロクマを探す
こんなループが起こりやすくなるわけです。
心の中で働く「2つの仕組み」
Wegnerは後に、この現象を「ironic process theory(皮肉過程理論)」として説明しました。
簡単にすると、何かを考えないようにするとき、心の中では2つの働きが生じると考えます。
一つ目は、「別のことを考えよう」という意識的な働きです。例えば、「シロクマはダメだから、今日の晩ご飯でも考えよう」といったものです。
ところが同時に、もう一つの働きがあります。それが、「シロクマを考えていないか?」と監視する働きです。
つまり、「シロクマを考えないぞ!」と頑張っている間も、心のどこかでは、「シロクマは?」「シロクマ出てきてない?」「今シロクマ考えた?」とチェックしている。
皮肉なことに、「考えてはいけないもの」を確認し続けることになるのです。
もう一度、実験してみましょう
今度は少し方法を変えます。
これから10秒間、「シロクマを考えないようにしてください」とは言いません。代わりに、「南国の海」をできるだけ具体的に想像してください。
青い海。白い砂浜。波の音。暖かい日差し。ヤシの木。その風景を自由に想像してみてください。
10秒間どうぞ。
……
どうでしょう。最初の実験より、シロクマが出てきにくくなった人もいるのではないでしょうか。
ここには一つのヒントがあります。「考えない」だけではなく、「別の対象へ注意を向ける」という方法です。
実際、Wegnerらの1987年の研究でも、特定の代替対象を与えることで、思考を抑えている最中の侵入思考が減る可能性が示されました。
ただし、「嫌なことがあったら別のことを考えれば全部解決する」というほど単純ではありません。思考抑制についてはその後多くの研究が行われており、条件によって結果が異なることも分かっています。
この知識、実は日常生活でかなり使えます
シロクマの話だけなら、「へぇ、人間の脳って面白い」で終わってしまいます。
でも、この現象を知っていると、自分自身への声かけを少し変えることができます。
ポイントは、「○○しない」だけで終わらせず、「代わりに何をするか」まで決めることです。
仕事で「緊張するな」と思ったとき
例えば、大事なプレゼンの直前。「緊張するな」「噛むな」「失敗するな」
そう考えていると、「緊張」「噛む」「失敗」という、避けたいもの自体に注意が向いてしまいます。
そこで、「最初の一文をゆっくり話そう」「相手の顔を見て話そう」「一度息を吐いてから始めよう」といった、実際に行う行動へ置き換えてみます。
「失敗しない」では、何をすればいいのか曖昧です。「最初の一文をゆっくり話す」なら、今やることが明確になります。
スポーツでも「ミスするな」より「○○しよう」
スポーツでも似た場面があります。
野球で、「三振するな」。ゴルフで、「池に入れるな」。サッカーで、「PKを外すな」と言われたらどうでしょう。避けたい結果そのものが頭に浮かびます。
そこで、「ボールを最後まで見る」「狙った場所へ振り抜く」「ゴールの右下を狙う」など、「何をしないか」ではなく、「何をするか」に言葉を変えてみます。
もちろん、シロクマ実験だけから「こう言い換えればスポーツの成績が必ず上がる」とまでは言えません。ただ、避けたい結果を監視し続けるのではなく、目の前で実行する課題へ注意を戻すための一つの考え方になります。
子どもへの声かけにも使える
この考え方は、自分だけでなく誰かへの声かけを考えるヒントにもなります。
例えば、
- 「廊下を走らない!」ではなく、「廊下は歩こう」
- 「こぼさないで!」ではなく、「コップを両手で持とう」
- 「騒がないで!」ではなく、「ここでは小さい声で話そう」
前者は、「してほしくないこと」を伝えています。後者は、「してほしいこと」を伝えています。
禁止だけで終わらせず、「じゃあ、どうすればいい?」まで具体的に伝える。すると相手にとっても、次に取る行動が分かりやすくなります。
嫌な出来事が頭から離れないとき
仕事でミスをした。誰かに嫌なことを言われた。昔の恥ずかしい出来事を思い出した。
そんなとき、「もう考えないようにしよう」と思った経験はないでしょうか。
ところが、「考えない」と決めたのに、また思い出す。そして、「また考えてしまった……」とさらに気になってしまう。
そんなとき、「また考えた。自分はダメだ」と焦る必要はありません。「考えないようにしよう」とすること自体が、その対象を頭の中で監視することにつながる場合があるからです。
そこで、「考えない」だけを目標にするのではなく、「今やっていることに注意を戻す」という考え方があります。
例えば、
- 「仕事のミスを考えない」ではなく、「今読んでいる本のこの1ページに戻る」
- 「嫌な会話を思い出さない」ではなく、「今飲んでいるコーヒーの香りに注意を向ける」
といった具合です。
嫌な思考を力ずくで追い出すというより、「あ、また考えているな」と気づいて、注意を戻す場所を決めておく。そんなイメージです。
「早く寝なきゃ!」も似ている?
夜11時。明日は朝早い。でも眠れない。
時計を見る。23時30分。「早く寝なきゃ」
0時。「あと7時間しか寝られない」
0時30分。「何も考えないようにしよう」
……
ますます眠れない。
もちろん、不眠は思考抑制だけで説明できるものではありません。体内時計、ストレス、覚醒度、生活習慣など、さまざまな要因が関係します。
ただ、「眠らなければ」「何も考えてはいけない」と自分の状態を監視し続けることが、かえって眠ることへのプレッシャーになる場合があります。
不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)でも、眠れないまま長時間ベッドで頑張り続けるのではなく、眠気が戻ってから寝床へ戻る「刺激制御法」などが用いられています。
つまり、「寝なきゃ!」と眠りを追いかけ続けることが、必ずしも近道とは限らないのです。
今日から使える「シロクマ変換」
もし、この研究を今日から生活に取り入れるなら、一つだけ覚えてみてください。
自分の頭に、「○○するな」という言葉が浮かんだら、「じゃあ、代わりに何をする?」と考えてみます。
- 「緊張するな」ではなく、「最初の一文をゆっくり話そう」
- 「ミスするな」ではなく、「目の前の一動作に集中しよう」
- 「夜食を食べるな」ではなく、「まず温かいお茶を飲もう」
- 「スマホを見るな」ではなく、「スマホを机に置いて、本を10分読もう」
- 「嫌なことを考えるな」ではなく、「考えていることに気づいたら、今やっていることに注意を戻そう」
大切なのは、「禁止」を「行動」に変えること。
もちろん、これは魔法ではありません。言葉を変えれば、すべての悩みが解決するわけでもありません。
それでも、「何をしてはいけない?」だけではなく、「では、今から何をしよう?」と考えてみる。これなら今日からできます。
最後に、一つだけ試してみましょう
ここまで読んだら、この記事を閉じたあと、シロクマのことを無理に忘れる必要はありません。
もし頭にシロクマが現れたら、「あ、シロクマだ」と気づくだけ。
そして、目の前にあるものを一つ見てください。コーヒーでも、窓の外でも、家族でも、仕事でも構いません。その一つに、少しだけ注意を向けてみる。
もしかすると大切なのは、頭の中からシロクマを完全に消すことではなく、シロクマがいても、「次にどこへ注意を向けるか」を選ぶことなのかもしれません。
……
ところで。ここまで読んでいる間、何回シロクマを想像しましたか?
参考文献
- Wegner DM, Schneider DJ, Carter SR 3rd, White TL. Paradoxical effects of thought suppression. Journal of Personality and Social Psychology. 1987;53(1):5-13. doi:10.1037/0022-3514.53.1.5
- Wegner DM. Ironic processes of mental control. Psychological Review. 1994;101(1):34-52. doi:10.1037/0033-295X.101.1.34
- Abramowitz JS, Tolin DF, Street GP. Paradoxical effects of thought suppression: A meta-analysis of controlled studies. Clinical Psychology Review. 2001;21(5):683-703. doi:10.1016/S0272-7358(00)00057-X
✍️ この記事はTOM さんの寄稿をもとに構成しました。(サイト → enishi-note.site)
画像: “White Polar Bear In Bronx Zoo” by Alex92287 is licensed under CC BY 2.0. To view a copy of this license, visit https://creativecommons.org/licenses/by/2.0/.(Openverse)


